日本企業のDXに関する取り組み状況を調査した独立行政法人情報処理推進機構(IPA)の「DX白書2023」では、「DXを推進する人材の人材像の設定・周知ができておらず、人材の質・量は2021年度調査と比べてともに不足が進んでいる」とDX人材の不足について言及しています。また、DX人材のキャリア形成、学びの取り組み、評価基準などの人材施策が不十分で「全般的に「DXの推進において人材が課題」という状況が顕著にあらわれた結果となっており、取組の加速は急務である」と述べられています(カッコ内IPA「DX白書2023」より抜粋)。
タレントマネジメントを導入する際に自社の人材を体系的に整理する「スキルの見える化」を行ないますが、多くの企業では、まだDX人材の定義まで取り組めていないのが現状ではないでしょうか。
前2回では、DXスキル標準、DXリテラシー標準をご紹介しましたが、今回は、DXを推進する人材の役割や習得すべき知識・スキルを定義したDX推進スキル標準(DSS-P)について解説します。
目次
タレントマネジメントでDX人材のスキルを見える化するヒントその1~DSS-Pの全体像~
日本企業がDXを推進する人材を確保できない大きな理由のひとつとして、自社がDXの目的や方向性を示すことができず、DX推進にとって必要な人材像を把握できないことが挙げられます。
これは、タレントマネジメント導入のときにも同じような事象が起きています。つまり、目的があいまいであるため、必要な人材をあいまいに把握してしまい、結局、社内でのDX人材育成や登用も外部からの人材採用もできなくなる悪循環に陥ってしまっているのです。
DSS-Pの策定のねらいとして「DXを推進する人材の役割や習得すべき知識・スキルを示し、それらを育成の仕組みに結び付けることで、リスキリングの促進、実践的な学びの場の創出、能力・スキルの見える化を実現する」とあります。
(カッコ内IPA「デジタルスキル標準ver1.0」第Ⅲ部第1章DX推進スキル標準策定のねらい、策定方針より抜粋)。
各社がDXを通じて何をしたいのかというビジョン、その推進に向けた戦略を描いた上で、実現に向けてどのような人材を確保・育成することが必要になるか、適切に設定することが重要であり、DSS-Pはそのための参考となります。
ただし、DXを推進する場合には、知識・スキルを習得した人材がカギになりますが、それ以外の要素、例えば、DX推進に関する経営層の理解や部門間連携といった企業風土も大きく影響します。DSS-Pを参考に定義した知識・スキルをやみくもに網羅してもDXが推進できるということではないことに留意することが必要です。
DSS-Pでは、次の5つを策定方針としています。
- DXの推進において必要な人材を5類型に区分して定義
DX推進スキル標準では、企業や組織のDXの推進において必要な人材のうち、主な人材を5つの「人材類型」(ビジネスアーキテクト、デザイナー、データサイエンティスト、ソフトウェアエンジニア、サイバーセキュリティ)を定義
- 活躍する場面や役割の違いにより、2~4つのロールを定義
1つの「人材類型」の中に、活躍する場面や役割の違いを想定した2~4つの「ロール(役割)」を定義。一人の人材が複数のロールを兼ねる/複数の人材で一つのロールを担うことも想定。
- 各ロールに求められるスキル・知識を大括りに定義
各ロールに求められるスキルや知識を、全人材類型に共通する「共通スキルリスト」として大括りに定義。スキルや知識に関する定義を軽量化することで、デジタル時代に求められる技術の変化に対して柔軟かつ迅速な対応を可能に
- 育成に必要な教育・研修を把握するための学習項目例を記載
「共通スキルリスト」には、「スキル項目」に関連づく「学習項目例」を記載。この「学習項目例」を、DXの推進に必要な人材を育成するための教育・研修等と関連付けることが可能。
- 独力で業務が遂行でき、後進育成も可能なレベルを想定
DSS-P全体として、詳細なレベル評価指標は設定せず、育成の目標となりうる、ITSS+「レベル4」相当(独力で業務を遂行することが可能であり、後進人材の育成も可能なレベル)を想定。
(IPA「デジタルスキル標準ver1.0」第Ⅲ部第1章DX推進スキル標準策定のねらい、策定方針より抜粋)
タレントマネジメントでDX人材のスキルを見える化するヒントその2~人材類型・ロール・共通スキルの概要~
ここからはDSS-Pの人材類型・ロール・共通スキルについて解説します。5つの人材類型の定義は以下の通りです。この5つの人材類型をさらに詳細に区分した「ロール」が設定されています。
※「ロール」の詳細については、今後のブログの中で紹介していきます。
人材類型 | 定義 |
ビジネスアーキテクト | DXの取組みにおいて、ビジネスや業務の変革を通じて 実現したいこと(=目的)を設定したうえで、関係者を コーディネートし関係者間の協働関係の構築をリード しながら、目的実現に向けたプロセスの一貫した推進を 通じて、目的を実現する人材 |
デザイナー | ビジネスの視点、顧客・ユーザーの視点等を総合的に とらえ、製品・サービスの方針や開発のプロセスを 策定し、それらに沿った製品・サービスのありかたの デザインを担う人材 |
データサイエンティスト | DXの推進において、データを活用した業務変革や 新規ビジネスの実現に向けて、データを収集・解析 する仕組みの設計・実装・運用を担う人材 |
ソフトウェアエンジニア | DXの推進において、デジタル技術を活用した製品・ サービスを提供するためのシステムやソフトウェア の設計・実装・運用を担う人材 |
サイバーセキュリティ | 業務プロセスを支えるデジタル環境におけるサイバー セキュリティリスクの影響を抑制する対策を担う人材 |
人材類型 | ロール | |
ビジネス アーキテクト | ビジネスアーキテクト (新規事業開発) | ビジネスアーキテクト (既存事業の高度化) |
ビジネスアーキテクト (社内業務の高度化・効率化) | ||
デザイナー | サービスデザイナー | UX/UIデザイナー |
グラフィックデザイナー | ||
データ サイエンティスト | データビジネスストラテジスト | データサイエンスプロフェッショナル |
データエンジニア | ||
ソフトウェア エンジニア | フロントエンドエンジニア | バックエンドエンジニア |
クラウドエンジニア/SRE | フィジカルコンピューティング エンジニア | |
サイバー セキュリティ | サイバーセキュリティ マネージャー | サーバーセキュリティ エンジニア |
DXを推進する人材は、一人でひとつの人材類型、ロールを担うこともあれば、複数の人材類型、ロールを担うこともあります。また、他の類型とのつながりを積極的に構築した上で、他類型の巻き込みや他類型への手助けを行うことが重要であり、社内外を問わず、適切な人材を積極的に探索することも重要です。つまり、縦割りで責任を全うするのではなく、周りを巻き込みながら、お互いにサポートし合いながら、DXを推進していくことが求められています。
DSS-Pは、5つの人材類型と、その下位区分であるロール、全ての人材類型・ロールに共通の「共通スキルリスト」から構成されています。「共通スキルリスト」とは、全人材類型に共通なDXを推進する人材に求められるスキルを5つのカテゴリー・12のサブカテゴリ―で整理しています。
<共通スキルリストの全体像>
全人材類型に共通する「共通スキルリスト」は、DXを推進する人材に求められるスキルを5つのカテゴリー・12のサブカテゴリ―で整理、各カテゴリーは2つ以上のサブカテゴリに分け、1つ目では主要な活動を、2つ目以降ではそれを支える要素技術と手法を、大くくりに整理されています。
<共通スキルリスト スキルマッピング(抜粋)>
各ロールに必要なスキルは、「共通スキルリスト」のスキル項目一覧を参照し、各ロールに求められるそれぞれのスキル項目のレベルを重要度で定義しています。
タレントマネジメントでDSS-Pを活用するイメージ
DXを推進する人材を定義する前に、自社のDX戦略の中でも最も重要なDXの目的・方向性を決定することが第一歩です。一から自社内で検討し、策定することももちろん可能ですが、経済産業省が取りまとめた「デジタルガバナンス・コードVer2.0」、「中堅・中小企業等向けデジタルガバナンス・コード実践の手引き2.0」も参考になります。
次に「タレントマネジメントでDX人材のスキルを見える化するヒント~DSS編~ 」でも紹介した、以下のステップを踏み、DXを推進する人材を定義します。
ステップ1:経営目標を達成するために求められる人材像(人材要件)を定義する
→DX推進のために必要な人材をDSSから考える。
ステップ2:求められる人材像に期待される役割(職種)を定義する
→DSS-Pに記載されているに記載されている人材の役割(ロール)を参考にする
ステップ3:期待される役割(職種)に必要とされるスキルセットを定義する
→DSS-Pに記載されている人材の役割(ロール)に定義されている知識、スキルを使用する
経営層や人事担当者にとっては、DSS-Pを元に人材の役割を明確にすることともに、優先的に備えるべき役割がどこかを把握することができます。それによって、以下の効果が期待されます。
・社内でDXを推進する役割(ロール)を登用する基準ができる。
・DX人材を採用するポジションの基準を明確にできる
・必要なDX人材の育成に向け、自社の研修体系、コンテンツを見直すことができる
・DX人材を含めた社内のキャリアパスを構築できる
また、DXを推進する役割を任命された社員にとっては、従来の経験や知識、スキルから不足するDX推進に必要な知識、スキルが明確になり、習得に向けリスキリングを始めとした自律的な学習が進められます。
タレントマネジメントはDX人材にも対応が可能なことは、今までに述べたとおりです。タレントマネジメントを導入した企業におけるDX人材の育成事例をひとつご紹介します。
<キリンホールディングス>
キリンホールディングスは人財戦略の課題のひとつとして、専門性・多様性の人財マネジメントの実現に向けた施策として機能軸のタレントマネジメントを導入することを宣言しています。
人財育成体系を構築する中、キリングループの従業員を対象にした独自のDX人材育成プログラム「キリンDX道場」を開校しました。グループ全体の従業員のDXリテラシーの底上を目的に、白帯(初級)、黒帯(中級)、師範(上級)の3種類のコースが用意されていて、段階的に高いスキルを得られる仕組みです。
他社の取り組みと異なるユニークな点は、優先的に育成したいと考えているDX人材の類型「ビジネスアーキテクト」を定めています。同社では「事業の課題を見つけ出し、ICTを活用した課題解決策を企画・設計し推進」できる人材と定義し、2024年までに1,500人のDX人材の育成を目指しています。
まとめ
いかがでしたか?
デジタルスキル標準(DSS)を構成する2つの標準、「デジタルリテラシー標準(DSS-L)」、「デジタル推進スキル標準(DSS-P)」について、全3回で概要をご紹介しました。
DSS-Lはすべてのビジネスパーソンに向けた指針及びそれに応じた学習項目例を定義し、後者DSS-PはDXを推進する人材の役割(ロール)及び必要なスキルを定義していますが、デジタルスキル標準で扱う知識やスキルは、共通的な指標として転用がしやすく、かつ内容理解において特定の産業や職種に関する知識を問わないことを狙い、可能な限り汎用性を持たせた表現が用いられており、活用するには、自社の事業戦略やDX戦略、人材戦略に合わせることが求められます。
タレントマネジメントもDXも「目的」が重要で、運用・推進にあたっては、経営層を始め、社員を巻き込むことが必要です。人事担当者のみ、DX推進役のみが頑張っても、実現には時間もかかり、期待する成果を得られません。中心にいるメンバーが周りに働きかけ、協働しながら、実現に向けて推進していくかがカギになるといっても過言ではありません。
あいまいな目的、あいまいな定義では、理解を促すことも、協力を得ることもできません。今回ご紹介したデジタルスキル標準を参考に、明確な目的、明確な定義を行い、自信をもって、周りに働きかけ、巻き込んでいくヒントにしていただければと思います。
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