2010年代後半からさかんにDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要性について語られることが増えました。日本では2018年に経済産業省が発表した「DXレポート」において、2025年までに既存システムの課題が解決できず、DXも実現できないと最大年間12兆円の経済損失が発生する可能性があるとされ、いわゆる「2025年の崖」問題が提起されました。
タレントマネジメントシステムも人事業務のDX化として捉えられますが、単なる業務のDX化から人材戦略のひとつとして、自社のDX戦略を推進し、企業の業績を向上させるまで活用を昇華できているか、と言われると、自信をもってYES!と言える企業は少ないのではないでしょうか。
今回から8回に渡り、DX推進の大きな課題であるDX人材とタレントマネジメントに関連したブログを連載していきます。まずは、そもそもDXとは何か、DX人材が大きな課題になっているのはなぜかを解説します。
そもそもDXとは?~タレントマネジメントも人事業務のDX~
デジタルトランスフォーメーション(Digital Transformation)とは、簡単にいうと「進化し続けるテクノロジーで人々の生活をより豊かにするための変革」のことで、一般的には「Digital Transformation」の頭文字をとって「DX」とも呼ばれています。
DXの定義と変遷について、以下の3点から見ていきましょう。
1.スウェーデンのウメオ大学教授であるエリック・ストルターマン氏が提唱した定義(2004年)
「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」をDXと定義し、テクノロジーの発達により人類の生活を豊かにすることのアプローチの方法を編み出す必要がある、と主張しました。
2.スイスのビジネススクールIMDのマイケル・ウェイド教授たちによって提唱されたデジタル・ビジネス・トランスフォーメーション(2010年代)
「デジタル技術とデジタル・ビジネスモデルを用いて組織を変化させ、業績を改善すること」と定義しました。
3.経済産業省「DXレポート ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開」(2018年)における定義
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」とDXを定義しています。
従来、日本で「IT化」と言われたシステムの利活用では、社内で行っていた手作業(紙での記入やOffice製品等を利用したデジタルでのテキスト入力)をシステム上で入力し、作業効率を上げることに主眼がおかれていました。どちらかといえば、社内、グループ企業間での業務効率化がメインにあり、企業独自の業務プロセスを元にしたスクラッチ開発と言われる自社独自のシステムを構築することがほとんどでした。
IT技術の高度かつ急速な進化により、新しい技術が生まれたことにより、どの企業でも比較的安価で利用できるWebシステムの利活用に移ってきましたが、それでも従来通り、デジタルを活用して自社の業務効率を上げること(デジタライゼーション)が目的でした。
これに対し、DXとは、社内ではなく、データとデジタル技術を活用して、新たな製品やサービス、ビジネスモデルを生み出し、変革することを目的としたものであり、企業にとって、競争上の優位性を確立することに主眼が置かれています。
タレントマネジメントシステムも人事業務のDX化と言えますが、多くの企業では、デジタライゼーションに留まっています。これまでに人材戦略の手段であるタレントマネジメントで何を実現するのか、目的の重要性について何度も述べてきましたが、そもそもDXの定義であるデータとデジタル技術を活用して、変革することを目指すのであれば、タレントマネジメントの目的も変化してくるはずです。
DX推進の最重要課題「DX人材」~タレントマネジメントで見出せるか~
では、なぜDX推進が求められるようになっているのでしょうか。それは、先にも述べた「DXレポート」で「2025年の崖」と言われた大きな問題があるからです。
- 既存システムの複雑化、ブラックボックス化(いわゆるレガシーシステム)
- 1の問題を解決するために、業務自体の見直しも必要となるが、現場からの抵抗があり、いかに実現するかが課題
経営面や人材面、技術面でのあらゆる考察を元に、これらの課題を克服できなければ、DXの実現もできないのみならず、2025年以降、最大12兆円の経済損失が生じる可能性があるとし、2025年までにシステム刷新を行う必要性について述べています。
人材面では、日本のIT業界特有の構造的問題、ユーザ企業(システムを使う側)に専門のデジタル人材(IT人材)が少なく、ベンダー企業(システムを開発、保守・運用を行う側)に業務を委託している現状があり、そこからそれぞれの課題が挙げられています。
<ユーザ企業における課題>
・レガシーシステムの維持管理費がIT予算の9割以上を占める(技術的負債)
・保守運用の担い手不足により、サイバーセキュリティや事故・災害によるシステムトラブルやデータ滅失のリスクが高まる
<ベンダー企業における課題>
・技術的負債の分野にリソースを割くことで、最先端の技術を担う人材が確保できない
・レガシーシステムサポートに伴う人月ビジネス、受託型業務から脱却できない
・世界の主戦場であるクラウドベースのサービス開発、提供に対応できない
では、その課題を克服するために、どのような人材を育成、確保するべきなのか。
<ユーザ企業において求められる人材>
• CDO (Chief Digital Officer):システム刷新をビジネス変革につなげて経営改革を牽引できるトップ人材
• デジタルアーキテクト(仮称):業務内容にも精通しつつITで何ができるかを理解し、経営改革をITシステムに落とし込んで実現できる人材
• 各事業部門においてビジネス変革で求める要件を明確にできる人材
• ビジネス変革で求められる要件をもとに設計、開発できる人材
• AIの活用等ができる人材、データサイエンティスト
<ベンダー企業において求められる人材>
• 受託開発への過度な依存から脱却し、自社の技術を活かして、アプリケーション提供型のビジネスの成長戦略を描き、実現できる人材
• 求められる要件の実現性を見極めた上で、新たな技術・手法を使った実装に落とし込める人材
• ユーザ起点でデザイン思考を活用し、UX(ユーザエクスペリエンス)を設計し、要求としてまとめあげる人材
• スピーディーに変化する最新のデジタル技術を詳しく理解し、業務内容にも精通するITエンジニア
(「DXレポート ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開」より抜粋)
が求められる人材として挙げられています。
DXを推進することは、何もIT企業だけに関連することではありません。企業の多くは、システムを利活用し、ビジネスを行っているため、いわゆるユーザ企業の立場にあります。今まで外部のベンダー企業にシステムは任せたままで、社内でデジタル人材、DX人材を育てることや採用することを考えてもいなかったかもしれません。
少子高齢化が進む日本では、労働人口そのものが急速に減少し、IT人材の不足は以前からの課題でしたが、DX人材においても同じです。
既存システムの保守・運用に割いてきたIT人材をDX分野にシフトさせること、事業部門の人材がデジタル技術、IT技術を学び、DX推進の役割を担うなどユーザ企業、ベンダー企業ともに今いる人材の育成、配置換えを伴う組織編成を再検討する必要が生じます。
その際に、タレントマネジメントのシステムを導入している企業では、そもそも社内にいる人材情報、特にスキルや知識、能力などを蓄積しているため、新たにDXを推進するにあたって、求められる人材像、役割、それに紐づく職務定義(ジョブディスクリプション)を策定し、該当する人材の候補を見出すことができます。
蓄積した人材に関するデータを駆使し、社内でDX人材を発見し、必要なスキルを身に着けてもらう育成計画(リスキリング)を先んじて実行することができるはずです。
タレントマネジメントをDX推進の強い味方にする
筆者は、新人研修のクラスマネージャーを担当することが多く、毎年新卒採用者と顔を合わせる機会があります。ユーザ企業、ベンダー企業の新人たちと話してみると、ユーザ企業では、職種や業務を特定しない総合職として採用、ベンダー企業ではエンジニア職だが、役割や業務を知らされないまま採用されている「新卒一括採用」が一般的です。
「営業希望だったが、IT部門に配属された」、「DX推進の部門に配属されたが何をする部門なのか分かっていない」と話す新人もいますが、これでは、目的や目標もなく、学生時代の専攻分野とは大きく違う、テクニカルな研修を受講しても、理解が進まず、苦手意識だけが先行してしまいます。残念なパターンとして、研修中に挫折をしてしまい、休職や退職に追い込まれた新人も数多く見てきました。
また、キャリア採用、経験者採用と呼ばれる中途採用においても、前職での経験を考慮しつつも、募集時に求められている役割、必要なスキルや能力を提示している企業はまだ少ないように見受けられます。
タレントマネジメントでは、これまでのブログでも述べてきた通り、人材管理の手法のひとつですが、従来と大きく異なるのは、メンバーひとりひとりのスキルや能力、コンピテンシーといった人にまつわる情報を中心に、その人が活躍できる組織、自律的に成長できる環境を提供する仕組みです。
そのために、会社の業務を見える化し、それを担う役割を決める職務定義を策定することが必須です。DXという新しい分野に会社としてチャレンジするときにも、従来ある職務定義で対応できるのか、できないのであれば、DX戦略を達成する人材像、求めるスキルや能力、経験を整理し、新しい役割の職務定義を行う必要があります。
DX推進の役割を担う人材を定義することで、始めてDX人材の候補者が自社に存在するのか、存在すれば、組織の編成を行う。存在しなければ、内部で育成する、採用するといった手が打てるのです。
同じようにDX人材の職務定義があるからこそ、AI技術、データサイエンスやアジャイルの手法といったDX推進に欠かせないスキルを身に着けるための育成施策、育成計画を策定することができます。
タレントマネジメントおよびタレントマネジメントシステムを取り入れることで人材のデータを分析することが可能になります。つまり、タレントマネジメントはDX推進の重要な成功要因となる「DX人材」を見出し、育てる強い味方になりうるのです。
まとめ
いかがでしたか?
いきなり「わが社でもDX推進を!」とスローガンだけ叫んでも、推進する人材がいなければ第一歩を踏み出せません。そのためにもタレントマネジメントで人材管理の仕組みを構築し、人材データをシステム化すること、つまり人事からDXを推進していくことが必要です。単なるデジタライゼーションからデジタルトランスフォーメーションへ人事業務も変革の時期に来ています。
DXの定義を3つご紹介しましたが、2018年に経済産業省が提唱した後、新型コロナウィルスの世界的な感染拡大によって、ビジネス環境、労働環境に大きな変化をもたらしました。今年に入って、ChatGPTをはじめとする生成AIの誕生により、労働のあり方はもちろん、人の成長のプロセス、手法が変わってくるはずです。
DX人材を見出し、育てることはひいては、環境の変化に強い組織を創り、企業として永続的に成長、存続することに繋がっていきます。
「2025年の崖」まであと2年。まずは人材データの重要性を認識し、タレントマネジメント導入に取り組んでみてはいかがでしょうか。
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