タレントマネジメントとITSS

タレントマネジメントとジョブ型雇用」でタレントマネジメントにおけるジョブの考え方をご紹介しました。IT業界ではスキル標準と呼ばれる担当する職種、専門分野ごとに必要なスキル・知識を整理、定義されたものがいくつか存在します。その中でも一番古いITスキル標準(以下、ITSS)は、2002年発表から20年が経ちました。

その後、企業におけるIT部門の役割、専門的な領域をより補完した、組込みスキル標準(以下、ETSS)、情報システムユーザースキル標準(以下、UISS)が発表される流れで、3つのスキル標準の参照モデルとして位置付けた共通キャリアフレームワーク(CCSF)がまとめられ、異なる業務領域や職種へ移っても、元の職種でのレベルと新たな職種でのレベルの相違や求められるスキル・知識の相違などの理解が可能になりました。

スキル標準については、定義されたドキュメント類が多量であるため、活用したいと思っても、現場の理解が得られず、挫折してしまった人事担当者も多くいることでしょう。
今回は、ITSSに着目し、その概要、タレントマネジメントでの活用のヒントについて解説します。

ITSSの概要-タレントマネジメントで活用する前に

序章でも述べたITSSは2002年12月に独立行政法人情報処理推進機構(以下、IPA)によって情報サービス産業における人材のスキルの指標として公表されました。
その後、2006年にITスキル標準V22006、 2008年にはITスキル標準V3とITスキル標準V3 2008が公表され、2011年にITスキル標準V3 2011へとアップデートされています。

IT人材が活躍する領域は益々拡大する中で、IT人材は、既存の垣根にとらわれずにビジネスモデルやサービスのアイディアを発想し、これをITで具現化するといった価値創造から、サイバーセキュリティでの信頼性確保まで、経済・社会活動の発展に重要な役割を担うことが求められています。新たな領域の学び直しの観点から特定領域を整理したITSS+も順次公表されています。

ITSSではスキルを実務能力(個別の要素技術ではなく、要素技術をいかに選択し、いかに適用して課題解決の実現ができるか)として捉えているのが大きな特徴です。また、職種(キャリア)とは専門領域のことを指し、職務内容によってタスクの内容は異なるが、その各々の内容は職種として規定しています。

もうひとつの大きな特徴としては、スキルの発揮度合い(能力の高さ)を「スキル熟達度」で示し、パフォーマンスの発揮度合い(成果の大きさ)を「達成度指標」で示し、レベルを7段階で定義していることです。

ITSSにおけるスキルや知識は、特定の製品、サービスやプログラミング言語などに寄らず汎用的な領域を扱っており、個人の価値として、客観的に観察可能(表出的)な能力で、後天的に熟達できるスキルを対象としています。

職種と専門分野は横軸に職種区分、縦軸にレベル設定をおいたキャリアフレームワークとしてまとめられています。また、それぞれの専門分野に対応して、各個人の能力や実績に基づく7段階の達成度レベルを規定していますが、あくまでもプロフェッショナルとしての実務能力のレベルであり、人事制度における役職のレベルを表現しているものではないことに注意が必要です。

キャリアフレームワーク
(IPA「ITスキル標準V3 2022 2部キャリア編 概要部」より抜粋)

ITSSで定義されているすべてのスキル項目、知識項目を網羅し、整理していたものがスキルディクショナリでスキル項目と知識項目を階層化し、職種と専門分野との対応を一覧形式で示しています。

ITSSは概要編、キャリア編、スキル編の3部構成で、これとは別に附属書があります。ITSSでは11の職種、35の専門分野で担当する領域を分けていますが、11職種に対してキャリア編とスキル編がありますので、すべてを読み込むには時間がかかります。
まずは、概要編と各職種のキャリア編・スキル編の概要部から理解することをお勧めします。

タレントマネジメント導入と共通するITSS導入の落とし穴

IPAからITSSが公表された後、大企業を中心にITSSを人材像の定義、人材育成や人事評価などに活用する動きが見られました。スキル「標準」と銘打ったばかりに、この標準を忠実に守り、キャリアフレームワークやスキルディクショナリ、レベル指標を取り込み、実際の人事制度とマッチせず、結果、宙ぶらりんの状況に陥り、困っているという声を聞きます。

「標準とあるからにはこの通りに進めないといけない!」とマニュアルを好み、物事を着実に進める日本人らしさなのかもしれませんが、ITSSを公表しているIPAもそのような活用がなされるとは想像すらしていなかったのではないかと思います。

企業によってビジネス戦略が異なる以上、人材戦略も異なるわけで、そうなると投資すべき人事施策も企業ごとによって違うはずです。「ITSSを企業へ適用する場合には、ITSSの定義内容は共通指標として活用し、自社のビジネス戦略に合わせて企業固有の定義内容に置き換えた指標を設定することが求められる」とIPAも概要編で述べています。

これまでに述べてきたようにタレントマネジメントの目的は、経営目標を達成するためです。経営目標を達成するために、計画的に人材活用する人材戦略として、タレントマネジメント導入するのです。タレントマネジメントはあくまでも人材戦略を実現する手段であることをお伝えしてきました。ITSSも同じく人材戦略を実現する手段のひとつであり、その目的は経営目標を達成することです。その目的を見据えないまま、企業の経営環境を無視したまま、マニュアル通りに導入しても失敗するはずです。

タレントマネジメントもITSSも導入に失敗するのは、目的の見落としと自社の事情に合わないマニュアルありきの導入という落とし穴に自らはまってしまったといえるでしょう。

タレントマネジメントとITSSを組み合わせる

タレントマネジメントとITSSは人材戦略を実現する手段ですが、どちらかが良いというわけではありません。人材戦略実現の第1段階としてタレントマネジメントがあり、導入プロセスの「スキルの見える化」の段階でITSSの出番です。
スキルの見える化については、「タレントマネジメントにおけるスキルの見える化とは?」に詳しく解説しているので、そちらをご参照ください。

人材戦略としてタレントマネジメントを導入し、そのピースのひとつとしてITSSを組み合わせることで、人材像の定義やスキル、能力が整理しやすくなります。その際の参照モデルとしてITSSをタレントマネジメントのツールとして取り入れることは、人事担当者にとってもコスト面のメリットだけではなく、わかりにくい現場との共通言語として、同じ目線で共有し、議論しやすくなる効果も得られます。

ドキュメント類の多さ、難解さにハードルが高く感じますが、構造を理解し、ドキュメントの概要を知ることが初めの一歩です。「参照モデルだから参考にすればいいか、はまらなければ仕方ない」というくらいの気持ちで、まずは取り掛かってみるのも一つの手です。

タレントマネジメントもITSSも導入することありきではなく、そもそもの目的を見失わず、自社の経営戦略を実現するにはどう活用できるのか、活用できないのかを見極めることが重要です。

まとめ

ITSSはとっつきにくい印象ですが、非常に整理された、よくできた参照モデルです。人事担当者、人材育成担当者で現場を経験している方は少ないと思います。そのため、現場で語られる業務や専門用語を理解できていない場合が多く、人材マネジメントを刷新する際に共通言語がなく、人事は人事視点で、現場は現場視点で物事を見たり、語ってしまいがちです。

次回はITSSから発展したi コンピテンシ ディクショナリ(iCD)について概要の解説と、タレントマネジメントとの相性についてご紹介したいと思います。

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